2014年07月28日
おいしいパンは・・・
先日、いつも通りお客様の事業所を毎月恒例のご訪問。
通帳残高や試算表、消費税の課税取引などのひと通りの確認作業を行い業務は終了。良好です。次回の訪問日程を決めて帰ろうとすると、「先生、これどうぞ!」とずっしりと重い袋をいただいた。見るとおいしそうなパンがどっさり。これすべてお客様が製造されているパンで、実はこれをいただくのがひそかな楽しみなのです。
持ち帰ってから、事務所のみんなでおいしくいただきました。いつもありがとうございます。

通帳残高や試算表、消費税の課税取引などのひと通りの確認作業を行い業務は終了。良好です。次回の訪問日程を決めて帰ろうとすると、「先生、これどうぞ!」とずっしりと重い袋をいただいた。見るとおいしそうなパンがどっさり。これすべてお客様が製造されているパンで、実はこれをいただくのがひそかな楽しみなのです。
持ち帰ってから、事務所のみんなでおいしくいただきました。いつもありがとうございます。
2014年07月22日
青い海、白い浜、南の島 Part2の②
先週に続いて石垣島の話。
私は旅行に行くときは移動時間の暇つぶしのために小説を何冊かカバンに放り込む。できればその旅行先を舞台にした小説なんかだったら最高である。現地でその主人公がいたであろう場所の空気を吸うだけで楽しみは2倍になる。フィクションと現実がクロスするのだ。
私が持って行った石垣島を舞台にした小説は、池上永一さんの「風車祭(カジマヤー)」。風車祭とは沖縄地方の風習で数え年97歳の人の長寿を祝うお祭りのことなのだが、ストーリーとしては今どきの高校3年生の男の子と228年間マブイだけで島をさまよう美女とのラブストーリー。それが島の四季折々の祭事や歴史に彩られて、とても瑞々しい南国の景色を読者の頭のなかに映し出してくれる極上のエンターテイメント。
当然、ストーリーに登場した場所をぶらぶら散歩がてらに訪れるのが旅の醍醐味。写真の場所は「ピッチンヤマ御嶽」と言う豊作や豊漁を祈願する場所。沖縄では神社ではなく御嶽という場所が神聖な場所として信仰を集めているのだが、この御嶽は小説「風車祭」の中で重要な役割を果たす。古びたスナックや飲み屋が立ち並ぶ路地にポツンと位置するこの御嶽は、クワノハエノキの大樹と一体となって不思議な光景を見せつけてくれる。石垣島は祈りの島でもある。
私は旅行に行くときは移動時間の暇つぶしのために小説を何冊かカバンに放り込む。できればその旅行先を舞台にした小説なんかだったら最高である。現地でその主人公がいたであろう場所の空気を吸うだけで楽しみは2倍になる。フィクションと現実がクロスするのだ。
私が持って行った石垣島を舞台にした小説は、池上永一さんの「風車祭(カジマヤー)」。風車祭とは沖縄地方の風習で数え年97歳の人の長寿を祝うお祭りのことなのだが、ストーリーとしては今どきの高校3年生の男の子と228年間マブイだけで島をさまよう美女とのラブストーリー。それが島の四季折々の祭事や歴史に彩られて、とても瑞々しい南国の景色を読者の頭のなかに映し出してくれる極上のエンターテイメント。
当然、ストーリーに登場した場所をぶらぶら散歩がてらに訪れるのが旅の醍醐味。写真の場所は「ピッチンヤマ御嶽」と言う豊作や豊漁を祈願する場所。沖縄では神社ではなく御嶽という場所が神聖な場所として信仰を集めているのだが、この御嶽は小説「風車祭」の中で重要な役割を果たす。古びたスナックや飲み屋が立ち並ぶ路地にポツンと位置するこの御嶽は、クワノハエノキの大樹と一体となって不思議な光景を見せつけてくれる。石垣島は祈りの島でもある。
2014年07月14日
青い海、白い浜、南の島 Part2
焼けつく太陽の下にコバルトブルーの海。そんな魅力に取りつかれ、今年もまた石垣島に行ってきた。
「いやー、ほんまキレイやなあー。」これ以外に褒める言葉が続かないぐらいにきれいなこの島であるが、パート2なのでそれ以外のことを書こうと思うと、夜のディープさについても触れなくてはならない。
美崎町といえば石垣に来たことがある人ならだれでも知っている歓楽街。人口たかだか4~5万人ぐらいのこの島に一体どれだけあるねん!?と突っ込みたくなるぐらいの飲み屋の数。普通のラウンジ、スナックに交じって、異彩を放つのが民謡酒場。賑やかな歌声が路地にこだましていて独特の空気感を醸し出してくれる。地元の高校教師の知人に聞いたのだが、この島の人たちはほぼ全員が三線を弾きこなし、踊りも達者。「こんなこと、うちなー(沖縄本島のこと)ではないさー。」らしいのだ。沖縄地方の中でも石垣は独特なのだろう。
そんな飲み屋さんの経営者の中には当然のごとく他県から移住してきた人が多いのも事実。今回寄せてもらったお店のオーナーさんも守山市出身の方。飲食店がしたくて8年前に脱サラして石垣島に来たとのこと。「なんで石垣島で店をはじめたんですか?」と質問すると、「この店を一緒に始めた友人が石垣島に何度も来ていて、ここが絶対いい!といわれてこの島で始めることになったんですよ。僕は一度も来たことがなかったんですけどね。」とのこと。面白い縁である。ちなみに、その一緒に始めた友人はすでに滋賀に帰ってしまったとのこと。これもよくあるケースといえる。話を聞きながらオリオンビールが喉を通過していく。
飲んだ締めには、普通はラーメンとなるが沖縄では島そばとなる。しかし、ここ石垣島ではステーキという選択肢もあるらしい。ガセねたではないことを確かめるため24時間営業の食堂「ゴードン」さんにお邪魔すると、鉄板で油の跳ねる音がしてステーキが作られ、それが次々にテーブルに運ばれる様を目撃。尋常じゃない光景に、同行のT氏もトライ。3切れほど食した後撃沈。
石垣島はディープです。

「いやー、ほんまキレイやなあー。」これ以外に褒める言葉が続かないぐらいにきれいなこの島であるが、パート2なのでそれ以外のことを書こうと思うと、夜のディープさについても触れなくてはならない。
美崎町といえば石垣に来たことがある人ならだれでも知っている歓楽街。人口たかだか4~5万人ぐらいのこの島に一体どれだけあるねん!?と突っ込みたくなるぐらいの飲み屋の数。普通のラウンジ、スナックに交じって、異彩を放つのが民謡酒場。賑やかな歌声が路地にこだましていて独特の空気感を醸し出してくれる。地元の高校教師の知人に聞いたのだが、この島の人たちはほぼ全員が三線を弾きこなし、踊りも達者。「こんなこと、うちなー(沖縄本島のこと)ではないさー。」らしいのだ。沖縄地方の中でも石垣は独特なのだろう。
そんな飲み屋さんの経営者の中には当然のごとく他県から移住してきた人が多いのも事実。今回寄せてもらったお店のオーナーさんも守山市出身の方。飲食店がしたくて8年前に脱サラして石垣島に来たとのこと。「なんで石垣島で店をはじめたんですか?」と質問すると、「この店を一緒に始めた友人が石垣島に何度も来ていて、ここが絶対いい!といわれてこの島で始めることになったんですよ。僕は一度も来たことがなかったんですけどね。」とのこと。面白い縁である。ちなみに、その一緒に始めた友人はすでに滋賀に帰ってしまったとのこと。これもよくあるケースといえる。話を聞きながらオリオンビールが喉を通過していく。
飲んだ締めには、普通はラーメンとなるが沖縄では島そばとなる。しかし、ここ石垣島ではステーキという選択肢もあるらしい。ガセねたではないことを確かめるため24時間営業の食堂「ゴードン」さんにお邪魔すると、鉄板で油の跳ねる音がしてステーキが作られ、それが次々にテーブルに運ばれる様を目撃。尋常じゃない光景に、同行のT氏もトライ。3切れほど食した後撃沈。
石垣島はディープです。
2014年07月07日
星新一の文庫を読む少年・・・
先日、夜遅い時間の草津線に乗って家に帰る時のことである。
塾帰りと思しき少年がやってきてボックス席の向かいに座った。何やら一心不乱に文庫本を読んでいる。いまどきの子供はどんな本を読むのか興味を持って本のタイトルを覗き込むと、星新一「午後の恐竜」と書いてある。ものすごく懐かしい気持ちになった。
今から30年近く前、私も小学6年生の後半の少しの期間だけ滋賀の田舎から電車に乗って進学塾に通っていた。勉強したいから塾に通っていたのではなく、電車に乗りたいから塾に通っていたというのが真実である。それでも何度も乗ってるとさすがに飽きてきて、そのうち車内で過ごす時間は読書の時間となった。本当は塾で習ったことの復習でもすればもっと成績も上がったかもしれないが、動機が「電車に乗る」ことだけだったためにそんなことをする気持ちははさらさらなかった。
その時いつも読んでいた小説が星新一さんのショートショートばっかりだった。おそらくその当時文庫化されていたものはすべて読んだはずで、意外な結末に毎回ドキドキさせられたのだ。そしてその簡潔な文章や表現は普遍的であり、いつの時代でも通じるだろうなと思っていたのだが、やはり今でも小学生が読みふけっているのを見てつくづく感激させられた。
その後中学生になり、毎日京都の学校まで通うようになった。遊ぶ場所も必然的に京都になった。そのため私自身滋賀県人という意識が薄くなっていった。もっとも母の実家が京都にあり、そこで暮らしている祖母によく会いに行っていたから、もともと京都になじみがあったのも事実だ。祖母の家の庭にはイチジクが生っていて、初めて食べさせられたときはそのグロテスクな見かけのせいかおいしく感じなかった。家から歩いてすぐのところには高野川が流れており、その向こうに比叡山ががシュッときれいに見えていた。滋賀県側からみる比叡山はとても不格好なのでとても不思議だった。
その祖母も先日95歳で亡くなった。冥福を祈りたい。

塾帰りと思しき少年がやってきてボックス席の向かいに座った。何やら一心不乱に文庫本を読んでいる。いまどきの子供はどんな本を読むのか興味を持って本のタイトルを覗き込むと、星新一「午後の恐竜」と書いてある。ものすごく懐かしい気持ちになった。
今から30年近く前、私も小学6年生の後半の少しの期間だけ滋賀の田舎から電車に乗って進学塾に通っていた。勉強したいから塾に通っていたのではなく、電車に乗りたいから塾に通っていたというのが真実である。それでも何度も乗ってるとさすがに飽きてきて、そのうち車内で過ごす時間は読書の時間となった。本当は塾で習ったことの復習でもすればもっと成績も上がったかもしれないが、動機が「電車に乗る」ことだけだったためにそんなことをする気持ちははさらさらなかった。
その時いつも読んでいた小説が星新一さんのショートショートばっかりだった。おそらくその当時文庫化されていたものはすべて読んだはずで、意外な結末に毎回ドキドキさせられたのだ。そしてその簡潔な文章や表現は普遍的であり、いつの時代でも通じるだろうなと思っていたのだが、やはり今でも小学生が読みふけっているのを見てつくづく感激させられた。
その後中学生になり、毎日京都の学校まで通うようになった。遊ぶ場所も必然的に京都になった。そのため私自身滋賀県人という意識が薄くなっていった。もっとも母の実家が京都にあり、そこで暮らしている祖母によく会いに行っていたから、もともと京都になじみがあったのも事実だ。祖母の家の庭にはイチジクが生っていて、初めて食べさせられたときはそのグロテスクな見かけのせいかおいしく感じなかった。家から歩いてすぐのところには高野川が流れており、その向こうに比叡山ががシュッときれいに見えていた。滋賀県側からみる比叡山はとても不格好なのでとても不思議だった。
その祖母も先日95歳で亡くなった。冥福を祈りたい。
