2013年05月05日
BLADE社製ストラトキャスターモデルギター②
「汁(しる)」のライブ大会への出演が決まった。
京都市内で行われるライブ大会のテープ審査に通ってしまい、京都会館で行われるライブ大会の本戦に出場することになってしまった。しかもこの出演が初舞台なのである。えらいことになってしまったというのが正直な気持ちだった。
このライブ大会は「LIVE KIDS」というイベントで、今でも毎年3月に行われているらしい。当時京都にできたばかりのFM局のαステーションなんかも後援しており、当時で約200組くらいの応募があり、そのうちテープ審査で通ったたった10組程度が京都会館で行われる本戦に出場することになっていた。僕たちの「無所属新人」が見事にテープ審査を勝ち抜いたのである。
この本戦に僕たち「汁(しる)」の6人が勢ぞろいして出場るのなら、そこまで困ったと僕は思わなかったに違いない。以前にも書いたが「汁(しる)」にはギタリストは僕以外にも中学校の頃からギターを弾いていてハードロックにも詳しい原田がいて、彼がリードギターだった。僕はいつまでたっても下手糞で、ソロなんか弾けないからリズムギターに格下げされていたのだ。
「お前、ディストーションかけてコード弾くんやったら、ちゃんとブリッジミュートしろよ!」
「エフェクターのリバーブきつ過ぎで原音がわからへんやろ!」
よく原田には怒られたが、テクニックのイロハをいろいろ教えてもらった。
ところが、そんな彼が「無所属新人」のデモテープの作成には参加し録音も終わっていたのだが、「俺も別にバンドを組んでLIVEKIDSに応募するから」といって、「汁(しる)」のギタリストとしてLIVEKIDSへ参加しないと言い出したのだ。そしてとっと別にバンドを組んで応募してしまった。しかもドラムの平松を連れて行ってしまった。
残された僕らは結局、原田、平松不在のまま、LIVEKIDSに応募することにした。メンバー表のギタリストの欄には僕の名前だけを書き、ドラムのところには、高校吹奏楽部の正ドラマーの尾藤を拝み倒して名前だけを貸してもらうことにした。どうせテープ審査で落ちると思っていたから。
しかし、神様のいたずらか、「汁(しる)」だけがテープ審査に通ってしまったのだ。困った。やばい。原田のように弾けない。それと同時に、まともなエレキギターを持っていないことにあせった。
ライブ大会本戦まであと2ヶ月。お金はない。そこで、アルバイトをしてまともな音のするエレキギターを買うためのお金を稼ぐことにした。うちの高校はバイト禁止だったから、いよいよ僕もロック小僧らしくなってきた、と思った。
家で母親にこう伝えた。
「今度ライブ大会出ることに決まってん。」
「へー。」
「この大会はテープ審査が厳しくて200組中10組ぐらいしか選ばれへんねん。」
「それはすごいなー。」
「でな、今使ってるエレキギターは安もんで、ひどい音やから、ライブに出るためのええギターがいるねん。そやし、アルバイトしてお金作ろうと思って・・・。」
「・・・。」
その日、母親はなにも言わなかった。けど、次の日にバンドの練習を終え家に帰ると真っ先に僕の部屋に来てこう言った。
「あのな、お父さんと相談したんやけどギター買うお金出したげる。10万円もせえへんやろ?そやし、アルバイトはやめとき。勉強がおろそかになったらいかんやろ・・・。」
息子がロックやらバイトやらなんかをして、勉強しないアホになったら困ると思ったのだと思う。その親心は痛いほどわかる。僕はとても大事に育てられたのだ。そのことが自分でもよくわかってるから、それ以上親には何もいえなかった。さらに、とどめにこう言われた。
「そんで、ライブ大会っていつあるの?お父さんと見に行くし。」
親に買ってもらったギターで、親の目の前でライブをする。こんなの全然ロックじゃない。結局、子供なんて、いつまでたっても親からすればかわいい子供らしい。そして、それを断れない僕。親孝行なロッカーってありえるんだろう?思春期の僕は悩みながらも、母親に貰った10万円を握り締め、次の週末に楽器屋さんに向かった。
購入したのはBLADE社製のストラトキャスターモデルのやつ。たしか8万円ぐらいだったと思う。
今はもうなくなったが、京都の高辻通西木屋町を少し上ったところにWESTというギター屋があった。ここでも僕は試奏もたいしてせずこのギターを買った。店員のロック兄ちゃんに「どんな音出したいの?」と聞かれても、答えるだけのボキャブラリィもないし、好きなギタリストさえいなかった。彼は、そんな僕にとりあえずいろいろな音楽に対応できるように、ストラトタイプのこのギターを薦めてくれた。決して悪い音ではないのだが、後のこのギターの音は僕は好きではなくなる。ある程度ギターを弾くようになると、自分好みの音がどんな音かがわかってくるようになるのだ。そしてリスペクトするギタリストも。
このギターを持って出演したLIVEKIDSでは惨憺たる「汁(しる)」のパフォーマンスだった。なにせ初ライブ。ライブハウスで腕を磨いたわけでもないから、ライブ慣れをしていないどころの騒ぎではない。リードギターの僕は、緊張して演奏中にシールドを踏んでギターのジャックから抜けてしまい音が出なくなり、ベースの本多は演奏が走りまくってどこを弾いているのかさっぱりわからない。
ボーカルのこうてつに到ってはライブ後の講評があまりにもひどかったのに逆ギレして、審査員にこう言い放った。
「今晩、おまえに電話するしな!」
今は教育者として某高校で社会科を教えている彼も昔はこんなやつだった。
そして、このひどいライブを僕は両親の目の前でやったのだ。ライブが終わってから両親は楽屋に来て、他のメンバーに「うちの息子といつも仲良くしてくれてありがとうとうね。」と挨拶してくれた。そして、僕たちは絶対、不良になれないと思った。