2013年04月08日
僕とギターの物語 東海楽器製CAT'S EYE①
初めてギターを買ったのは、高校1年生の夏のことだった。
京都の中高一貫校で、特に成績や素行が悪くない限りは、その系列の大学に自動的に進学できるその学校では、僕はいたって普通の生徒だった。勉強もほとんどしないから、成績も普通。クラブも滋賀の家からは通学だけで片道一時間以上かかるし、めんどくさいからやめておこう、というわけで特に何をするでもなく高校生活をダラダラとスタートさせていたのである。
中学校からこの学校に通っている連中には、そんなやつらも多かった。学校という舞台では、ヤンチャで目立ったり、運動ができたり、女子にモテたりする連中だけが「主役」なのであり、僕ら特に一芸もなければオチこぼれるだけの勇気のない連中は、無事に3年間の時が過ぎればいいなとぐらいに学校生活を考えていたと思う。
そんな夏休み前のある日、教室で6時間目の授業が終わってさっさと帰りの準備をしていた。学校にいてもすることがないので早く帰るのである。すると、僕と同じく中学からの「内部進学」組のいもちゃんと本多がニヤニヤしながらやってきて、「なあ、物理部にはいらへんか?」と誘いに来た。彼らも僕と同じく「主役」ではない連中だ。正直、あまりこのイケテないグループでつるんでいるほうが、痛々しい感じがするのであまり仲がいいと思われたくなかった。もちろ自分ことは棚に上げてだ。それで、ぞんざいに答えた。
「物理部?なんでよりにもよって面白くなさそうなとこにはいらなあかんねん?」
「いや、ちがうねん。物理部は今誰も部員がおらんらしいねん。そやから俺らが入ったら物理部の部室が俺らだけで使えるようになるねん。使い放題の溜まり場になるところがあったらおもしろいやろ?」
「溜まり場・・・。」
このまるで不良の連中の使うような「溜まり場」という響きに僕はドキドキしてしまった。そして不覚にも3人そろって物理部に入部してしまったのである。
こうして、まんまと部室という「溜まり場」をゲットした僕たちだが、いかんせんすることがない。酒を飲んだり、タバコを吸ったり、シンナーをするなんて及びもつかない。気になるクラスの女子を連れ込むなんて、なおさら考えられないしそもそもそんな勇気もない。そう、僕たちは不良でもヤンチャでもなかったのだ。「溜まり場」があるだけでは、不良にはなれないということに、あらためて気付かされた。ただ部室で雑誌を読んで駄弁っているだけのことである。せっかく背伸びしたのにやっぱり何か物足りない。
そんなある日、いもちゃんが通学路にほかしてあったギターを拾って部室に持ってきたのである。ナイロン弦のはってあるいわゆるクラシックギターと呼ばれるやつだ。当時、そんなに音楽に興味があったわけではない。初めて買ったCDはなぜかさだまさしだったし、その後、渡辺美里とリンドバーグを何枚か持っていたぐらいだ。けれども初めて触るギターは、授業で使うリコーダーやピアニカや音楽室においてある健康的な楽器にはない独特の存在感があった。木でつくられたボディーが柔らかい弧を描いている様は官能的に見えて、とても不良ぽく、そしてカッコ良かった。
とりあえず、みんなでかわりばんごにそのギターを触ってみた。はじめに1弦を恐る恐るはじいてみるとナイロン弦特有の甘い音がした。とてもきれいな音だった。意を決して、6本とも弦を掻きおろすと、ジャカーンと思った以上に大きな音がでてびっくりした。しかも不協和音なのでちっともきれいな音がしない。あたりまえだ、当時はチューニングの仕方なんてまったく知らない。
けれども、そのひと掻きでギターが好きになってしまったのである。
そして、生まれて初めて三条寺町にある楽器屋に行き、ギターを買ってしまった。それが、写真の“CAT’S EYE”というブランドで東海楽器が製造していたアコースティックギターで、高校1年の夏休み中のことだ。もちろん一緒に「はじめて習うフォークギター」という教則本を買うのも忘れなかった。
久しぶりにライブの告知を・・・
満員御礼!!
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